固体物理学(材料の電子構造)講義情報

ここは加賀山担当『固体物理学』(工学部知能生産システム工学科3年次開講)及び『材料の電子構造』(同旧カリキュラム再履修者向け開講)に関連する情報ページです。講義で話した内容のメモ(メモ程度ですのでこれだけで試験を乗り切れると思ったら大間違い! ノートは自力できちんととって下さい)や,より深く理解する助けとなる他のWEBページへのリンク集として,少しずつ充実させていく予定ですので,ときどきチェックして予習・復習に利用してください。

数式は画像化したりmathMLなどを使う手間を省き無理にHTMLで表現していますのでかなり見にくいですが,そこは頭の中でうまく補って読んで下さい。たとえば頻出するプランク定数hを2πで割った定数[エイチバー]はhと表記しています。もし数式などに&が無意味に混ざって見える場合はブラウザを新しいバージョンにしたほうがいいです(このページで使用している数学記号がまともに表示されるブラウザとしてはOpera日本語版(かなりいい線でW3Cの仕様に沿った使い勝手の良いブラウザです。ライセンスキーを購入しなくても無料で使えます、バナー広告付きになりますが…)やNetscapeの最新版がおススメできます)。また,間違いやここからリンクを張るとよさそうなWEBページなどを発見したらぜひ加賀山まで連絡してください。

平成15年5月21日(水)は休講です。14日の講義終了時に指示した課題に各自取り組んでください。以下の「不確定性原理と原子の安定性」の項を参考にしてください。


はじめに

すべての物質の性質は,その中での電子のふるまいによって決定されると言っても過言ではありません。高度化,多様化する新材料の開発とその応用技術の創造には,材料に対する視点をマクロからミクロへ掘り下げ,材料のもつ特性と機能を,その構成要素である分子・原子さらには電子といったレベルで理解し,そのうえで構造や形態が材料に賦与する物性を解明する立場が必要となってきます。本講義では,材料学の中でも無機および有機・高分子材料とならんで現在社会をささえる代表格である金属材料を中心として電子論の立場から学んでいきます。金属電子論では量子論の知識が不可欠ですが,みなさんはカリキュラムの中で量子力学を深く学ぶ機会が残念ながらありません。したがって,量子力学の内容にはあまり立ち入らず,その結果を証明抜きでそのまま用いることもあります。興味のある人は参考書等を紹介しますので勉強してみて下さい。

定数

この講義ではたびたび計算をする必要がありますのでその際に使用するいくつかの定数の値を始めにまとめておきます。単位に気をつけて取り扱ってください。

電気素量
e=1.60217733×10-19 [C]
プランク定数
h=6.6260755×10-34 [J⋅s], h=h/2π=1.05457266×10-34 [J⋅s]
電子の質量
m=9.1093897×10-31 [kg]
アボガドロ定数
NA=6.0221367×1023 [/mol]
気体定数
R=8.314510 [J/mol⋅K]
ボルツマン定数
kB=1.380658×10-23 [J/K]

波動関数と確率密度

光や電子は粒子的性質波動的性質をあわせもっています。このような二重性は古典論では説明できません。特に電子の波動性は固体物理学ではたいへん重要です。

電子の波としての状態は波動関数 ψ(r, t) によって記述されます。ある点ある時刻に電子を見いだす確率は,波動関数の自乗,すなわち |ψ(r, t)|² であらわされ,これを確率密度といいます。この波動関数は重ね合わせの原理にしたがいますので,たとえば2本のスリットを通過して干渉を示す様子は,それぞれのスリットを通過した2つの電子波 ψ1 と ψ2 とが重なり合って ψ12 となり,強めあったり弱めあったりした結果,検出面上では |ψ12|² の分布が明暗の縞模様を作ることになります。ここで ψ は一般に複素関数であることに注意してください(たとえば,|ψ12|²=|ψ1|²+|ψ2|²+ψ1*ψ21ψ2*)。

水素原子の準位と発光スペクトル

水素原子はあらゆる原子のうち構造が最も簡単で,原子核とただ1個の電子とから構成されています。電子と原子核を点電荷と考えると,その間に働く力は単純なクーロン力となり,古典力学でも量子力学でも厳密に取り扱うことができます(ちなみに,さらに相対論を考慮に入れてもこの事情はかわりません)。水素原子のスペクトルについては精密な実験がされており,その振動数は ν=A(1/m²-1/n²) で表されます(A=3.29×1015 [/s], m=1, 2, …, n=m+1, m+2, …)。これは,水素原子には近似的に En∝-1/n² で与えられる特有のエネルギー状態があり,電子が高いエネルギー En から低いエネルギー Em の状態に移るときに,hν=(En-Em) で与えられる振動数の光を発するとして説明できます。このように発光スペクトルの実験は,原子(や分子)がある決まったとびとびのエネルギー(E1, E2, E3, …)しかもてないことを示唆しています。このとびとびの値をエネルギー準位といい,エネルギーが最小の状態を基底状態,その他の状態を励起状態といいます。さて,練習として,実験から得られたνの式を使って,基底状態から電子が原子核から無限に離れる(水素原子がイオン化する)のに必要なエネルギーを計算してみましょう(m=1,n=∞ とすればよいですね)。

不確定性原理と原子の安定性

位置と運動量の同一方向の成分を,同時に正確に決定することはできません。これは不確定性原理といって,波動と粒子の二重性を直観的物理的に理解するために導入された考え方です。位置の不確定さ Δx と運動量の不確定さ Δp は,一方が小さくなると他方が大きくなります。この二つの積には最小値が存在し,ΔxΔp≥h/2 という不等式で書かれます。

荷電粒子が加速運動をすると電磁波を放出します。古典物理学の領域では,原子中の電子は電磁波を放出してエネルギーを失い軌道半径が小さくなっていくこととなり,原子の安定性を説明できません。そこで量子論の出番となるわけですが,ここでは簡単に先に述べた不確定性原理を用いて水素原子を例にとり簡単に説明してみましょう。

電子が半径 r の狭い領域に閉じ込められると(Δx≅r),不確定性原理のために運動量には Δp≅h/r 程度のゆらぎが生じます。したがって,少なくとも (Δp)²/2m≅h²/2mr² 程度の運動エネルギーを持つことになります。r が減少するにしたがってこの運動エネルギーは自乗に反比例して増加してしまいますので,エネルギー保存則を考えると r はあまり小さくなることができません。すなわち電子が原子核の近くに寄ることを妨げる斥力が働くことになるのです。水素原子を例にとり原子核を原点として電子の位置を r で表すと,この運動エネルギー h²/2mr² と,クーロン引力のポテンシャル -(1/4πε)e²/r との和が,電子のエネルギー E(r) となります。この2つのエネルギーを r の関数としてグラフに示すと,運動エネルギーの方がクーロンポテンシャルより原点付近でのエネルギーの変化が急で離れるとあまり変化しなくなっていきますので,両者の和をとると原子核に近い領域では斥力が支配的,離れると引力が支配的であることがわかります。つまりこれらの力の均衡がとれてエネルギー的に安定する場所があるということです。E(r) が最小となる r の値(E(r) を r で微分したものが 0 となるような r の値)、またそのときの E を計算してみてください。これから得られた値はそれぞれ実際の水素原子の大きさや最短波長の線スペクトルのエネルギーとよく一致していることを確認しておきましょう。とくに E(r) が最小となる r の値はボーア半径と呼ばれるものです。

シュレディンガー方程式波動関数

アインシュタイン=ド・ブロイの関係式,E=hν および p=h/λ を h を使って、E=hω,p=hk と書きます(ωは角振動数,kは波数ベクトル)。外力を受けずに等速度運動をしている粒子は p が一定,つまり k が一定の平面波となるでしょう。これを ψ(r,t)=Cexp{i(kr-ωt)} とすると,t やr(の成分,たとえば x)で微分(偏微分)したものは ∂ψ/∂t=-iωCexp{i(kr-ωt)},∂ψ/∂x=ikxCexp{i(kr-ωt)} などとなります(kxkのx方向成分)。これらはさらに,ih(∂/∂t)ψ=hωψ,-ih(∂/∂x)ψ=hkxψ と書き換えることができます。そこで,外力の有無にかかわらず,エネルギーと運動量をそれぞれ ih(∂/∂t),-ih(∂/∂x) などの演算子で置き換えると約束します。運動量はベクトル量であることを考慮すると -ih と書けます。ここで,演算子(ナブラ)はたとえばxyz直交座標系であれば,((∂/∂x), (∂/∂y), (∂/∂z)) と成分表示できるベクトルです。

ポテンシャルが V(r) で与えられる保存力場の中で運動する質量 m の粒子のエネルギーは,運動エネルギーとポテンシャルの和で E=p²/2m+V と書けます。右辺は,さきほどの置き換えをすると H=-(h²/2m)∇²+V(r) という演算子になります。これをハミルトン演算子(ハミルトニアン)と呼びます。左辺も同様に演算子で置き換えて,意味の通る等式になるように両辺とも波動関数に演算子を適用させる形に書き直すと,Hψ(r,t)=ih(∂/∂t)ψ(r,t) となります。これは物質波がしたがうべき波動方程式であり,シュレディンガー方程式と呼ばれるものです。

原子・分子内に束縛された電子の波動関数

原子や分子内に束縛された電子の波は定在波になっています。シュレディンガー方程式の解である定在波は、ψ(r,t)=exp(-iωt)φ(r) のように,時間部分と空間部分に分離して書くことができます。前節のシュレディンガー方程式の中で,左辺のハミルトン演算子が空間のみに関する演算子(時間の関数に作用しない)であることと,右辺のエネルギーに相当する演算子が時間のみに関する演算子(空間の関数に作用しない)ことに注意して整理すると,Hφ(r)=Eφ(r) という時間を含まないシュレディンガー方程式が得られます。ここで E=hω です。

波動関数の空間部分 φ(r) が束縛された粒子の状態を表すためには,有限の範囲だけで大きな値を持ち,遠方では急速に0に近づくような関数であるべきです。すると,時間を含まないシュレディンガー方程式は通常 E が特定をとるときに解を持つと考えられます。この E の特定の値のことをハミルトン演算子の固有値,それぞれの固有値に対して定まるシュレディンガー方程式の解を固有関数といいます。水素原子については,V(r)=-(e²/4πε0)×(1/r) として方程式を解くことにより,電子状態を決定することができます。しかしそれ以外の複数の電子を含む系(多粒子系)では厳密解を得ることはできません。通常は適切な近似をおこなって問題を簡単化して議論します。ある電子を考えるときに,他の電子がこれに及ぼす影響を適当なポテンシャルで置き換え,原子核によるポテンシャルと合わせて V(r) を表現して立てたシュレディンガー方程式を解いていくのです。

一次元井戸型ポテンシャルの問題

原子中の電子など,狭い範囲に束縛されている粒子の状態を考えてみましょう。簡単な例として,質量 m の粒子が1個、幅 a の空間に閉じ込められており,その運動が一次元(x方向)に限定されているとします。この粒子が感じるポテンシャルを,|x|≤a/2 のとき V(x)=0,|x|≥a/2 のとき V(x)=∞ としましょう。これは一次元井戸型ポテンシャルの問題として有名なものです。|x|≥a/2 の領域ではポテンシャルが無限大で電子は存在しませんので波動関数は φ(x)=0 です。|x|≤a/2 の領域でのシュレディンガー方程式は -(h²/2m)(d²/dx²)φ(x)=Eφ(x) と書けます。この微分方程式の一般解は φ(x)=C1exp(ikx)+C2exp(-ikx) ですが,x=±a/2 の点でφ=0 となるべきだと考えられます。これを境界条件とすると,φ(-a/2)=C1exp(-ika/2)+C2exp(ika/2)=0 および φ(a/2)=C1exp(ika/2)+C2exp(-ika/2)=0 という連立方程式が C1=C2=0 以外の解をもつために,第1行が (exp(-ika/2) exp(ika/2)),第2行が (exp(ika/2) exp(-ika/2)) であるような行列(ややこしい表現ですみません)の行列式、つまり -2isin(ka) が 0 となる必要があります。その結果として,k=nπ/a(n=1, 2, 3, …)のときにシュレディンガー方程式が物理的に意味のある解をもつということがわかります。ここで,k=0 は波動関数が φ(x)=0(電子が存在しない)となってしまうため,また,負の値は波動関数の形の対称性のために考える必要がないため除外してあります。これを kn=nπ/a と書きましょう。それに対応するエネルギー固有値は En=h²kn²/2m=(h²/2m)(π²/a²)n² となります。このように離散的なエネルギー準位をとることを「量子化された」と表現し、ここでの n のように準位を指定する数を量子数と呼びます。

さて,kn を x=±a/2 の点での境界条件に代入して整理すると,奇数の n に対しては φn(x)=Cccos(knx)、偶数の n に対しては φn(x)=Cssin(knx) という波動関数が得られます。ここで,振幅のCcとCsの任意性を考えてみましょう。波動関数の自乗は電子の存在確率でしたから,いま1個の電子を考えていますので,これを全空間にわたって積分したものが1となるべきです。奇数,偶数両方の n に属する波動関数について,それぞれ自乗したものが|x|≤a/2 の領域で積分して1になるように振幅を決定してください。Cc,Cs共に √(2/a) になりますね。このように波動関数の振幅を物理的に意味が通るように決定することを規格化するといいます。

最後に,ここで議論した一次元井戸型ポテンシャルにおける電子の波動関数の空間部分 φn(x) と対応するエネルギー固有値 En を,量子数 n の小さい方から順にいくつか(n=1, 2, 3, … )書き出してみてください。一番エネルギーの小さい n=1 の状態が基底状態ですね。n≥2(励起状態)ではどのようにエネルギーが増加していくのか,またそれぞれの状態において電子の空間的な分布はどうなのか,グラフ化して確認しておきましょう。

原子構造と周期律

ここでは厳密な解析解の得られる水素原子についてシュレディンガー方程式の解となる波動関数とエネルギー固有値を見てみましょう。このような球対称ポテンシャル場中の電子を議論するには,極座標表示 r=(r, θ, φ) を使うとたいへん便利です。ハミルトン演算子中に出てくる演算子 ²(ラプラシアン)は極座標表示では ²=(∂²/∂r²)+(2/r)(∂/∂r)+(1/r²sinθ)(∂/∂θ)(sinθ∂/∂θ)+(1/r²sin²θ)(∂²/∂φ²) という一見複雑な形をしていますが,球対称なポテンシャル(すなわち中心力場)であることから成立すべきである角運動量保存則を念頭に置いて角運動量 l(= r×p = r×-ih)を用いて整理すると,ハミルトニアンは r に作用する演算子と θ,φ に作用する演算子とに分かれていることがわかります。つまり,波動関数も動径方向部分(動径関数)と角度部分(球関数)に分けることができるのです。結果として,3つの量子数で表される関数,φnlm(r)=Rnl(r) Ylm(θ, φ) と書かれることが導き出されます。量子数 n,l,m はそれぞれ主量子数方位量子数磁気量子数と呼ばれ,n は自然数(n=1,2,3,…),l は 0 以上で n より小さい整数(l=0,1,…,n-1),m は絶対値が l 以下の整数(m=-l,-l+1,…,0,…,l)となります。方位量子数の異なる状態を 0 から順に,s,p,d,f,… という記号で区別する分光学での慣習にしたがい,n=1,l=0 の電子の軌道を1s軌道,n=3,l=2 ならば3d軌道などと呼びます。水素原子の場合,エネルギー固有値は主量子数のみに依存します(En)。たとえば n=2 に対しては,l=0(m=0)の状態(2s),そして l=1(m=-1,0,1)の3つの状態(2p),合わせて4つの状態が存在しますがこれらはすべて同じエネルギー値をとります。このように異なる波動関数が同じエネルギー固有値に属しているとき,これらの状態は縮退(あるいは縮重)しているといいます。ある l に対して異なる m をもつ状態はいくつありますか。また,ある n に対して異なる l,m の組はいくつあるでしょうか。

縮退したエネルギー準位は球対称でない電場中や磁場中などでは l,m の違いによってエネルギー値が異なってきますが,そのような状況を縮退が解けるといいます。水素以外の原子では,各電子が他の電子と原子核のつくる平均場のポテンシャル中を運動するとして考えますが,このとき少なくとも方位量子数に関しては縮退が解け,同じ主量子数をもつ軌道でも方位量子数が小さい(軌道角運動量が小さい)状態の方が原子核に近い位置で波動関数の振幅が大きい(存在確率が大きい)ために引力を強く感じてエネルギーが小さくなるのです。一般に水素以外の原子でのエネルギー準位は,エネルギーの小さい方から順に,1s,2s,2p,3s,3p,(4s,3d),4p,(5s,4d),5p,(6s,5d,4f),…となっているものがほとんどです。ここで,括弧でくくった準位は,エネルギー値が近く,個々の原子で順序が異なっているものです。

ところで,電子は位置に関する3つの自由度のほかに自身の角運動量に関するスピンと呼ばれる第4の自由度をもっています。スピンは時計回りと反時計回りというように2つの状態が考えられ,これを指定するスピン量子数は -½,+½ の2種類の値をとり得ます(状態としては下向きスピン上向きスピンと呼ばれます)。このスピンをも含めた電子の状態を考えたとき,1つの状態は1つの電子しか占めることができないというのがパウリの原理です。このパウリの原理にしたがいつつ上記で考えた軌道にエネルギーの小さい方から順に電子が配置されたものが原子の基底状態となります。水素原子(H)の基底状態は,1s軌道に1個の電子が存在することになりますので,その軌道にある電子の数を右肩に書いて,1s1と表します。ヘリウム原子(He)では1s軌道にスピンの上下向きの2つの電子が入って1s2となります。ヘリウムは化学的に不活性ですが,その原因は,1s軌道は2個の電子で満席となりさらに次の2s軌道とのエネルギー差が大きいために励起されにくいというところにあります。原子番号3のリチウム(Li)以降も順に電子状態を書き出してみましょう。

d軌道やf軌道に関しては上に述べたように他の軌道とのエネルギー値の上下関係が微妙になってきますので少々複雑です。d軌道(l=2 なので m=-2,-1,0,1,2 の5つの準位が含まれている)にはスピンの上下をも合わせて10個までの電子が入れますが,そこに不完全に電子を含む(1個から9個の電子を含む)原子の固体は特に遷移金属と呼ばれます。遷移金属は,d軌道の電子が原因となって磁性を示したり低温で超伝導になったり多彩な合金や化合物をつくったり触媒作用が大きいなど,金属材料,磁気材料などとして極めて重要です。また,f軌道の電子が特徴をもつ希土類金属も数々の電子・磁気材料として近年ますます重要度を増しています。周期表の中でこれらの元素郡がどこに位置しているか,電子配置を考えながらよくながめておきましょう。

水素分子

2個の水素原子を無限の遠方から近づけていきます。原子核間距離 R がじゅうぶん大きいとき,2個の水素原子は互いに独立で,電子はそれぞれの原子の 1s 軌道に局在しています。R がボーア半径程度に小さくなると2つの原子の電子軌道が重なり始め,新しい軌道ができます。そこで,水素原子A,Bの 1s 軌道を表す波動方程式をそれぞれ φA,φB とし,新しくできた軌道(分子軌道)はこれらの線形結合で表されると考えます。このとき,線形結合の仕方としては φAB と φAB の2種類あります。規格化してそれぞれ,φ+=1/√2(φAB),φ-=1/√2(φAB) と書くと,それぞれに属するエネルギー固有値はもとの1s状態に比べて前者は小さく後者は大きくなっています。これらの軌道にはそれぞれスピン状態の異なる2個までの電子が入れますが,基底状態はもちろん,もともと2個の原子に所属していた1個ずつの電子が2個ともエネルギーの低いφ+軌道に入った状態となります。さて,1s軌道を表す波動方程式は φA,φB いずれも原子核付近でもっとも大きく,離れるに従って急速に小さくなっていく,しかもボーア半径程度より遠くなるとほとんど 0 となるような関数です。そのことをふまえて φ+ と φ- の概形を考え、さらにその自乗(存在確率)を調べてみましょう。|φ+|² は2つの原子核の外側よりも間で大きな値をもつのに対して,|φ-|² はその逆ですね。このことから,2種類の分子軌道はそれぞれ結合軌道反結合軌道と呼ばれています。2つのばらばらの原子でいるより,結合軌道に電子が2個とも入る方がエネルギーが下がってお得です。このように電子を共有して生じるエネルギー利得によって結合するとき,この結合様式を共有結合というのです。

周期的境界条件を用いた金属のモデル

金属中の電子を取り扱うモデルとして,以下のような単純なものを考えてみます。一様な導体中に一辺の長さが L の立方体の部分を考え,この箱をくり返し並べることで導体全体を表現します。以前考えた井戸型ポテンシャルとは異なり,箱の内外でのポテンシャルの差はないとします。また,箱中の電子の数は常に一定で,出ていったら同じ数入ってくる,という取扱いをします。さらに,繰り返し並んだ箱の同じ位置で同じ位相角をとる波だけが存在できるという周期的境界条件を適用しましょう。

存在し得る波動関数について

x 軸方向に箱を通過する電子は x=0,x=L の2点で位相が等しいのですから,それは波長の整数倍がちょうど L となるような波です。その整数を gx で表すと,波数ベクトルは kx(gx)=(2π/L)gx となります。ここで,gx=0, ±1, ±2, … であり,0 は静止している電子を,負の整数はx軸の負の方向に進行する電子波を表しています。同様に,y軸,z軸方向やその他の斜めの方向に進行するあらゆる波も考えて周期的境界条件を適用すると,結果として波数ベクトル k=(kx(gx), ky(gy), kz(gz)) で表される電子波のみが存在できることになります。ここで kx(gx)=(2π/L)gx,ky(gy)=(2π/L)gy,kz(gz)=(2π/L)gz であり,gx,gy,gz はそれぞれ整数です。つまり,始めに述べた仮定を満たす電子波の状態は,k空間に間隔 2π/L 格子状に並んだ点として表現できることになります。

フェルミエネルギー

存在しうる電子波の状態を表すk空間の格子点を,パウリの排他律に従いながらエネルギーの低い(原点から近い)順に電子が占領していく様子を考えます。一つの格子点にはスピン状態の異なる2つまでの電子が入ることができますので,箱中の電子数 N の半分の格子点が占有されることになり,N がじゅうぶん大きなときはそのような格子点は原点を中心とする球状に分布することとなります。これをフェルミ球と呼び,フェルミ球の半径としてフェルミ波数 kF とそれに対応するフェルミエネルギー EF が定義されます。温度が高くなるとそれに応じてエネルギーの高い状態(k空間の原点より遠い格子点)に移る電子が現れてきます。0 K ではエネルギーの低い状態からきっちりと順に占められていく,このときのフェルミ波数とフェルミエネルギーをそれぞれ kF0,EF0 と書くことにしましょう。k空間で1つの格子点あたりの体積は (2π/L)3 であり,フェルミ球に含まれる格子点の数は N/2 であるので,フェルミ球の体積はそれらの積となります。一方,フェルミ球の半径は kF0 なので体積は (4/3)π(kF0)3 とも書けます。これらを等式の両辺に置いて整理すると,kF0=(3π²N/L³)(1/3),したがって,EF0=(h²/2m)(3π²N/L³)(2/3) となりますね。箱の体積 L³ に対して電子数 N がどれだけか,という電子密度によってこれらの値が決定されることに注目してください。

実際に金属のフェルミエネルギーはどれくらいの大きさなのでしょうか。ナトリウム金属を例として考えてみましょう。原子の基底状態の電子構造はどうなっていますか。一番エネルギーの高い3s軌道には1個だけ電子がありますね。Na原子が多数集まって固体になるときこの電子が遊離して固体中をほとんど自由に動き回ると考えられます(この事情は後述します)。つまり,ここで議論しているポテンシャルが平坦な場で自由な運動をする電子が,原子当たり1個存在するとしてよいことになります。ナトリウム金属が格子定数 a=0.4225[nm] の体心立方格子(bcc)であることを用いて,このような自由な電子が単位体積当たり何個あるか数えてください。それが上記の N/L³ に相当します。それを用いて kF0,EF0 を計算してください。波数の単位を[m-1]、エネルギーの単位を[J]にとると桁が大きすぎたり小さすぎたりします。波数には固体の原子間距離の程度(≈1[nm])の逆数の単位[nm-1]を,エネルギーには1個の電子が1[V]の電圧で加速されて得るエネルギーを単位とした[eV]を用いて書くと電子の状態を表現するのに都合がよいことがわかります。

エネルギー状態密度

k空間において原点から近い順(エネルギーの低い順)に格子点の数を順に数えてみましょう。gx²+gy²+gz² の小さい順にあらゆる (gx, gy, gz) の組を挙げていけばよいですね。それはエネルギーの増加とともに多かったり少なかったりします。しかし,ここで考えている電子の数はたいへん大きなものですので,2π/L 間隔に並んでいる格子点もほとんど隙間なく連続的に並んでいるように見えることでしょう。同じエネルギー値をもつ格子点,すなわち,k空間で原点を中心として半径を同じくする球面上にある格子点の数は,球の表面積が半径とともに大きくなることから,エネルギーとともに大きくなることは容易に想像できます。

そこで,E と E+dE の間のエネルギー値をとり得る電子の数を求めてみましょう。エネルギー値 E,E+dE に対応する波数をそれぞれ k,k+dk とすれば,半径が k 厚さが dk の球殻に含まれる格子点の数(の2倍)を数えればよいことになります。波数 k を半径にもつ球の面積は 4πk² であり,厚さ dk の球殻の体積は 4πk²dk です。k空間での単位体積に入り得る電子の数は,間隔 2π/L で並んでいる格子点の密度の2倍なので 2(L/2π)³ であり,したがってこの球殻中に入り得る電子数は 2(L/2π)³×4πk²dk となります。E=h²k²/2m で整理すると L³m√(2m)/π²h³×√E dE ですので,これを D(E)dE と書き,このD(E) をエネルギー状態密度と呼びます。

E 対 D(E) のグラフを描いてみましょう。基底状態ではエネルギーの小さい方から順に電子数 N まで埋まったときにフェルミエネルギー EF0 に達します。このことを確認しておきましょう。すなわち,D(E)dE を E=0 から E=EF0 まで加え合わせる(D(E) を E で積分する)と N になるはずですね。また,このとき N 個の電子はエネルギーが 0 のものから EF0 のものまでさまざまですが,平均するとどれだけの大きさのエネルギーをもっているのでしょうか。EF0 以下の E から E+dE のエネルギーをもつ電子が D(E)dE 個あるのですから,それらの電子の総エネルギーは ED(E)dE となります(当然dEが小さいことが前提です)。これをやはり E=0 から E=EF0 まで加え合わせる(ED(E) を E で積分する)と N 個の電子の総エネルギーになりますので,それをさらに N で割れば平均エネルギーが算出できます。さて,それは EF0 の何倍の大きさをもっているでしょうか。

フェルミ分布関数

温度が 0 [K] のときは上で述べた基底状態となり,EF0 より低エネルギーの準位はすべて電子で埋まり,EF0 より高エネルギーの準位はすべて空となっています。外から熱エネルギーが供給されるとその大部分は各原子の振動を激しくすることに費やされ,温度上昇とはすなわちこの振動が激しくなることに他ならないわけですが,一部のエネルギーは電子の運動エネルギーの増加をもたらすためにも使われます。つまり,温度上昇とともにフェルミ球の状態が変化することになります。電子が熱エネルギーを受けとって運動エネルギーの大きい状態に変化するとき,パウリの原理にしたがってk空間の空いている格子点にしか移る(遷移と呼びます)ことはできません。したがって,温度が低く得る熱エネルギーが小さいときには,始めから空準位に近い運動エネルギーをもった電子,すなわちフェルミ面近傍の電子がフェルミ球のすぐ外側の準位に遷移することしかできないことになります。温度が高くなるにしたがってより深い準位から高い準位への遷移の確率が高くなっていきます。この様子はフェルミ分布関数を用いて表すことができます。フェルミ分布関数はエネルギー E と温度 T の関数であり,f(E, T)=1/{1+exp((E-EF)/kBT)} と書かれます。この関数は T=0 のときと T≠0 のときとで,E に対してどのように振る舞うか調べてみてください。

バンド理論

波数ベクトルが小さいときは電子波の波長が長く結晶のポテンシャルの周期性とは無関係に電子のもつエネルギーはこれまでに考えてきたように運動エネルギー E=h²k²/2m のみであると考えられます。ところで,X線や電子線の示す結晶格子の周期性を反映したブラッグ反射が結晶構造を調べるのに利用されていることはよく知られていますが,金属中の伝導電子にも同様なことが起こります。すなわち波数ベクトルが大きくなってブラッグ反射の起こる条件に近づくと,結晶のポテンシャルの影響を受けて E=h²k²/2m からずれていきます。そしてブラッグの条件を満たす波数ベクトルをもった電子は反射されて定在波となりますが,このときに波の重ね合わせのされ方によって2種類の状態が実現し,それぞれ異なるエネルギー値をもちます。このことにより電子がとり得ないエネルギー領域が出現し,これはエネルギーギャップと呼ばれています。k=0 を含んで1次のブラッグ反射が起こるまでの k空間の範囲を第一ブリルアン帯,その外側で次に2次反射が起こるまでの範囲を第二ブリルアン帯と順次呼びます。例えば原子間距離が a の一次元単原子結晶の場合,第一ブリルアン帯は -π/a≤k≤π/a となります。このような構造を総称してバンド構造と呼びます。


2003-05-14更新
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